Photo: Benjamin Ward

イギリスのゲーム業界のパイオニアとして知られるデイヴィッド・ウォードが75歳で亡くなった。彼は1980年代から90年代にかけて名を馳せた英ゲーム開発会社のオーシャン・ソフトウェアを共同設立している。

現地時間5月9日、息子のベンジャミン・ウォードが彼の訃報をツイッターで報告している。「悲しいお知らせですが、私の父デイヴィッド・ウォードが亡くなりました」

ベンジャミン・ウォードは次のように続けている。「1947年生まれの父はコンピュータ・ゲームのパイオニアであり、6児の父親でもありました。父と私は複雑な関係でしたが、お互いを愛していました。パパ、寂しいよ」

デイヴィッド・ウォードは1983年にジョン・ウッズとともにオーシャン・ソフトウェアを設立しており、同社は80年代から90年代にかけてヨーロッパ有数のゲーム開発会社に成長している。同社はライセンス・ゲームやアーケード・ゲームの移植版を開発したことで知られている。

『ゲームズ・インダストリー・ドット・ビズ』によると、デイヴィッド・ウォードとジョン・ウッズは2004年、イギリスのゲーム業界団体である欧州エンターテインメント・ソフトウェア出版社協会で殿堂入りを果たしている。これはイギリスのゲーム業界をグローバルに発展させた人たちを称える賞となっている。

当時、欧州エンターテインメント・ソフトウェア出版社協会の事務局長を務めていたロジャー・ベネットは次のように述べている。「オーシャン・ソフトウェアはイギリスのコンピュータ・ゲームとビデオゲームを世界に通用するビジネスに発展させたパイオニアだと多くの人が考えています」

「デイヴィッド・ウォードとジョン・ウッズはゲーム用語を数多く作り出し、オリジナル作品をもとに派生作品を開発したり、知的財産を保護する正式な手続きを考案するなど多くの功績を残しました」

マンチェスターにある科学博物館「サイエンス・アンド・インダストリー・ミュージアム」によると、オーシャン・ソフトウェアの最初のヒット作は陸上・十種競技の選手のデイリー・トンプソンを題材にしたゲームだったという。デイヴィッド・ウォードとジョン・ウッズは危険な計画だったが、デイリー・トンプソンの運動能力をもとにこのゲームを開発している。その後、デイリー・トンプソンは1984年のロサンゼルスオリンピックで十種競技の金メダルを獲得して世界記録を塗り替えている。

オーシャン・ソフトウェアはその後にイマジン・ソフトウェアを買収し、日本のコナミ(現・コナミデジタルエンタテインメント)と提携してコナミのアーケード・ゲームをPC向けに発売する権利を獲得している。

オーシャン・ソフトウェアの歴史についてのドキュメンタリー番組がYouTubeで公開されており、また同社の歴史に関する書籍も販売されている。

https://fusionretrobooks.com/products/the-history-of-ocean-software?variant=22058411399

その他のニュースとして、アメリカのゲーム開発会社であるダブル・ファイン・プロダクションズは、米国連邦最高裁判所が「ロー対ウェイド裁判」の判決を覆す可能性があるとしてバンジー社とともに中絶を女性の権利として認める考えを表明している。「ロー対ウェイド裁判」では1973年、それまでアメリカで違法とされていた妊娠中絶を女性の権利と認め、人工妊娠中絶を不当に規制する州法を違憲とする判決を連邦最高裁判所が下していた。

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